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チャップリン、日本で世紀の名演技

2007/12/05 20:35|雑学TB:0CM:0

「五・一五前夜のチャプリン 皇居前一礼の謎に新事実」本・アート‐アートニュース:イザ!

 

 昭和7(1932)年に来日した世界の喜劇王、チャールズ・チャプリン(1889~1977年)が「五・一五事件」の前日、皇居前で一礼したのは自身を守る“演出”だった-。親日家でありながら外国勢力打倒をかかげる軍人らの標的にされたチャプリンを守るため、皇居訪問を最優先させるなど、秘書やその知人らが訪日の行動計画をたてた手紙が、研究者によって発見され11月30日発売の著作で明らかにされた。

 

1932年(昭和7年)5月15日に起きた五・一五事件。帝国海軍急進派の青年将校を中心とした海軍の青年将校たちが首相官邸に乱入し、当時の護憲運動の旗頭ともいえる犬養毅総理を暗殺した。

この事件の前日、喜劇王チャールズ・チャップリンが世界旅行の途上に来日・神戸港に到着した。この際、チャップリンは東京に直行し、二重橋から皇居に向け一礼した。

この一礼は当時の新聞でも大きく報道されたが、なぜ真っ先に皇居に一礼したのか、チャップリン自身も自伝で「腑に落ちない」と書いており、謎とされてきた。

しかし、日本におけるチャプリン研究の第一人者、大野裕之氏の著作「チャップリン暗殺 5・15事件で誰よりも狙われた男」(メディアファクトリー)によって、チャップリンが「外国文化の象徴」として暗殺リストに入っていた事実が発掘された。

チャプリンの秘書、高野虎市に当てられた手紙などの資料により、国内の不穏な動きを察知し、危険を避けるため当日の日程が綿密に練られていたことが明らかになったのである。結果として、この計画に基づいたチャップリンの「名演技」が自身の危機を救った。

「話せばわかる」と言った犬養首相が殺害されたことを考えると、まさに奇跡的でもある。歴史にはいまだ深い謎が横たわっているものだ。

 

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